芯のある優しさ


僕の父や友達が 一見人に優しくしているように思えて

最終的には 「僕は~~」 と苦労話を切り出して

いわゆる かまってちゃん傾向になるのね。



それで僕は 漠然とした優しい= 人間的に素晴らしくなる

と優しさに酔うのは かなりやめてほしいのね。



あえて言うと リターンを求めず 人に尽くす・ギブばかりするというのは
無理に近いものがあると感じる(誰でも)


そして 親切にしてあげた これだけ損な事を進んでやっているんだと

違う情もわいてくるのが 仕方のない事だよね


だけど


漠然と 苦労話で徳を積み それを 子供 知人 下の世代


エピソードで強く主張して 酔うのは 違和感がある



その優しさばかりで埋まった考えしていると


最終的には 苦労人になりがちになる


多分ここで 

優しさを人にきちんとあげた

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(ここで止まっていれば強い人)
弱ってくると
⇒ 人と比較 もっと頑張って苦労すべき  
更にはこんなに頑張った僕は報われない

とかまってちゃん話を

奥さん 女性 子供 又は下のこれからの世代に
伝えるのは

特にプラスの要素が少ないよ


何故なら この苦労を美化すると

失敗した時に 「この苦労は~~少し糧になってる」

と 

結果を疎かにして  常に漠然とした 弱い優しさが生まれる


結果が全てという事ではないけど

僕は

この弱いやさしさを持ち 

周りを巻き込み被害者っぽくふるまうのは少し違うと感じる



そんなやさしさ持つなら

自分の欲求を満たすために しっかりとして強さを持ち

打ち込むことがあって 

開き直って 楽しんでる顔で一緒に過ごしている方が

僕も周りの人も楽しいと思うんだけどね



切ないのが 
八方美人に苦労を進んでやる父と友達なんだけど


信頼して 僕に弱ってる側面を前面にして出すんだけど

対象としては

信頼しているからこそ こっちにやや甘えた話だしてくるのね



でもこっちとしては 自分も別の悩みもって
黙って解決しているから 
頼りないへろへろさで 
その愚痴から逃げたくなるんだよねこっちも


↑の傾向ある人って 得している部分もあるよ

なんでかというと 
繊細だけど八方美人は基本崩れず


信頼している人には エンターテイナー(娯楽)っぽい対応してこない
基本ずっと

僕の痛みをわかってほしい とロマンティックな人生に酔って

自己肯定が欲しいらしく 「僕は~~」と 自分話してくるから

けっこうずるいw


これって信頼している少数の人に こういう顔をみせながら


普段は外で八方美人ふるまえてるから 好かれている率が結構高い(いわゆるもて)


なんだけど 完全な身内の世界だと 大人というか対等な会話が生まれなくて

発展性もないし

慰める気の利いた適当な言葉も 小出しにして持続させるんだけど

ほんと生産性なくってつらいのねw






 










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